「10年前のあなたへ」

 

「あっはっはっは!うわー何コレ、お前の字ぃ汚ぇなぁ。」
「何いってんすか!太一さんの見せてくださいよ、絶対似たようなもんですから!」
「あぁ?お前・・・言うようになったじゃねぇか。」
「そりゃー10年来の付き合いですから!」
「正確に言うともう少し長いですね、大輔くんは太一さんが小学生の際に出会われてますから」
「そんな細かいことどうでもいいだろー?相変わらずだなお前も」
「あぁっ僕のやつだけ破れているよ!!」
「丈先輩も相変わらずね・・・」

 2012年、夏、お台場。
すっかり日が落ち、残っているのはカップルばかりという真夏の海浜公園に、少年・・・とはもう言えないかもしれない瀬戸際の年代の男女の声が飛び交っていた。
その異様な集団の中心には、ところどころ土をかぶった30センチほどの菓子の缶が開けられた状態で置かれており、彼らは先々にその缶の中を覗き、探り、数枚の紙切れの中から一枚を取り出していた。
一般的に言う、『タイムカプセルの発掘』というものだ。
「もう、あれから10年も経つのかー・・・」
太一はつぶやきながら、10年前に思いを馳せた。
パソコンの中の奇妙な世界。個性豊かなモンスターたち。そして、かけがえのないパートナー。
息もつかせぬ戦いの末、ここに集った12人と世界中の子供たちが心を一つにして、
パソコンの向こう側とこちら側の2つの世界を救ったのだった。
それももう、10年前の話。
「タケルぅ!お前このときなんて書いてたんだ?!見せろよ~」
「やだなぁ大輔君、君って人は相変わらず情緒がないよね。」
「なんだとぉ?!」
「ふふっ、そういうトコも変わってないね。まぁいいよ、見せてあげる。」
「あ、高石はこの頃から文章を書くのが好きだったんだね。すごいや。」
「そうみたいだね、こんなこと書いてたって僕は忘れてたけど。やっぱ人間ってそうそう変わるもんじゃないんだね。」
「あぁ、大輔もこの頃からすでにラーメン屋になりたいって書いてあるし」
「賢もそうだな!『僕は正義を守る警察官になりたい。できればスティングモンも一緒に』・・・」
「あぁっ声に出して読むなよ大輔・・・!」
 10年前彼らは、それぞれが10年後の自分に向けて手紙を書いていたのだった。タイムカプセルから発掘されたのは、『10年前の自分からの手紙』。自分が忘れたくない将来の夢や、大切にしたいものなどが、それぞれ書き留められていた。互いにそれを見せ合い、談笑する。
「僕のには『テントモンを大切に』って書いてあります。」
「私も、テイルモンのことが書いてあります・・・」
 デジタルワールドと現実世界のゲートは、今は閉ざされている。当時から大人たちにも認識されていたため研究は進められているが、いまだゲートの移動は困難なこととされている。
「やはり僕はこの研究を続けていかなければならないですね。10年前の僕の気持ちに応えるために・・・」
そう、10年前の自分のメッセージから、彼らはいろいろなものを受け取っていた。夢、情熱、信念。選ばれし子供として戦った彼らにとって、その当時の自分とは原点になるものなのだ。光子朗をはじめ多くの彼らが、10年前持っていた夢に向かって走っている最中であった。自分の道を再確認すること。それをこの10年という節目の時期に行うために、10年前の彼らがこの手紙をしたためたのであろうことは、疑いようもない。

  それぞれがそれぞれ、確認した思いを胸に。時には思い出話を織り交ぜながら、彼らは別れた。
再び来年の8月1日に集うことは、改めて約束したりはしなかった。
もう彼らの中でそれはあたり前の決まりごとのようになっていて、トクベツなことではなかった。
特別でない分、来れない者もたまにおり、全員集まれる機会は少しずつ減ってきていたが、彼らにとってそれは悲しむべきことではなかった。
そんな中今回はタイムカプセルの発掘もあり全員が集まったが、次の年はきっと全員集まることはないだろうと誰もがわかっていた。
でもそのくらいこの「記念日」が、特別ではなくあたり前の日常の一部になっていることを、彼らは快く受け入れていた。

 ・・・ただ一人を除いては。


「ヤマトぉ。メシつくってぇ。」
「・・・お前、一人暮らししてんだろ。たまにはお前が作ったらどうだ。」
「えーだってヤマトが作った方がうまいんだもん。」
 ゆりかもめの終電に、長身の男の影が2つあった。太一とヤマトだ。2人は今はお台場の外でそれぞれ一人暮らしをしているが、今日は2人でヤマトの部屋に向かって帰宅していた。
「フン。俺はお前のせいで10年前の自分との約束が果たせなくてイライラしてるんだ。」
「何?約束って。俺、お前のやつまだ見せてもらってねぇんだけど。」
「みせねぇよてめーには!」
「えぇー!後で2人になったとき見せてくれると思ってたのに!」
「絶対みせねー。ただ約束ってのが何かだけは教えてやる。それは8月1日には必ずタケルと2人で過ごすことだ。そう書いてあった。」
聞いた瞬間、太一は吹きだしてしまった。それを見たヤマトは頬を赤くし、容赦なく太一の脳天にゲンコツを落とす。
「絶対てめーがメシ作れ!!!」
「わーうそうそ、ごめんって!!」
ヤマトはゆりかもめを降り、早足で改札へ向かう。太一は慌てて追いかける。改札をでて駅前を抜けて、人のあまりいない住宅地にさしかかったあたりで、太一は勢いをつけてヤマトに飛びつき、ようやくその足に追いついた。太一はヤマトに抱きつきながら、甘い口調で夕飯をねだった、心の底では「だってお前のブラコンぷりが相変わらず見事だから・・・」と思っていたが、夕飯が遠のいていきそうだったので黙っていた。
じゃれあう二人の姿は、10年前と変わらない。二人が付き合い始めたそのときから。しかし一瞬見せた太一の憂いの表情を、ヤマトは見逃さなかった。
「太一・・・?」
「ん?どした?」
太一は慌てて笑顔を用意する。しかしそれでなかったことにするほど、ヤマトは甘くなかった。気になっていたことを、一息に口にする。
「そういえば俺もお前の手紙見てない。っていうか、お前誰にも見せなかったよな。」
「え?あ、あぁ・・・」
「なんで見せなかったんだよ。隠してたら面白くないだろ。あぁいう場じゃ。」
ヤマトの追求の仕方に、太一は彼が大人になったと感じた。場の雰囲気を重んじる発言だ。あんなに空気読めなかったヤマトが(恐らく本人に自覚はないだろうけれど)。そうでなくとも、ヤマトはどちらかというとその場のノリや面白さよりは、本質を求める傾向にあったはずだ。そんなヤマトの変化をわずかながらも感じ、太一は自らが過ごしてきた時の重さを悟った。
「ヤマトがそんなこというなんてなぁ」
「あぁ?俺だって昔のままじゃねぇんだよ」
「うん。なんたって10年たったんだもんな。すげぇよ、10年って・・・」
子供が、大人になってしまう。
体が。感覚が。考え方が。
それはけしていい変化だけでないことを、太一もヤマトもすでに知っていた。
良いことばかりが変わってしまって、良くないことばかりがそのまま残っていく。
変わったことと変わらないことを挙げてみるとそんなふうにも思えなくもなかった。
きっと、変わらない良いこともあるに違いない。けれど、それが見えなくなってしまうほど、変わってしまった「良いこと」が、大切なものだったように思えた。
「へへっ、なんだろう、今の俺って・・・・・・なんなんだろう。」
太一は立ち止まり、うつむいた。前髪に隠れた目元を見つめながらヤマトは、泣いているのかもしれないと思った。
遠くを電車がかけぬけていくのが見えた。車内の明かりが不自然なくらい明るく、ネオンの一部となって溶けた。その姿があまりにも悲しくて、ヤマトは立ち止まってしまった太一を、そっと抱きしめた。
「大丈夫だよ、太一・・・・・・」
その言葉が何を救えるのかわからなかったが、ただそれだけしかいえなかった。
電車が通り過ぎ、ネオンの一部だった明かりが消えた。
夜、外から見る電車の車内は、明るく光ってよく見える。その中には帰宅中の人々がたくさんいて、それぞれが生活を持って暮らしているのに、それがネオンの一部のようになって走り去ってしまうことが、ヤマトにはひどく悲しく映った。


  深夜。ヤマトは自室のベッドでふっと眠りから覚めた。隣で寝息をたてている親友兼恋人を、改めて眺める。トレードマークだった爆発した頭は、短く切ってさっぱりしていた。昔よりずっとたくましくなった体はいまや自分の身長をこえ、完全に大人の男の体になった。しかしサッカーをやめて社会人になって以来スポーツから遠ざかっているため、筋肉はすこし衰え始めていた。少しやわらかくなった二の腕をつつく。彼は「うーん」と声をだしながら寝返りをうったが、またそのまますうすうと寝息をたてはじめた。寝息のリズムを確認すると、ヤマトはごそごそとベッドを抜け出す。
 向かった先はリビングのテーブルだった。とはいえ一人暮らしの狭い部屋なので、太一の寝ているベッドは見える位置にある。寝る前に散々飲んだチューハイの缶の横に無造作に置かれた封筒。それをそっと開くと、殴り書きのような汚い字が、それでも懐かしい元気の良い字が、ヤマトの目にとびこんできた。

『サッカーはちゃんとやってんだろ?』

だらだら書かれた文面の中に、悲しいフレーズを見つける。そのフレーズの前後には延々と、プロサッカー選手になった自分へのメッセージが綴られていた。ヤマトはすべて、くまなく目を通す。中身の残っている缶に手をのばし、そっと口へ運びノドを潤した。目の前に見えるのは、こんな酒の味も知らない、純粋な、中学生の太一の姿。しかし今の太一は、この太一が望んだ道を歩むことはできなかった。一般企業に入り、営業として取引先に頭を下げる日々。明らかに今の自分にコンプレックスをかかえている太一にヤマトは気づいていた。
「ばかやろ、だから、誰にも見せなかったのか・・・」
ヤマトの独り言は闇に消える。
手紙を最後の方まで読み進めて行くと、こんなフレーズも見つかった。

『選ばれし子供たちの仲間も、みんな一緒にいるよな。』

彼らはけして、離れてはいないのだけれど。ちゃんと精神的につながってはいるのだけれど。誰よりも実感を大切にする太一のこと、きっとこの状況を寂しく思っているのだろう。ヤマトはそんなことを考えながら、一人タバコをふかす。
(寂しいなんて、思うなよ。馬鹿太一。)
ヤマトはまだ途中のタバコを灰皿に押し付け、太一の手紙を元通りに折りたたんだ。そしてベッドへ戻ると、すやすやと寝ている太一の目元に、そっとキスを落とし、つぶやく。
「俺はここにいるよ。」
そういって布団に体をすべりこませると、ヤマトは太一の胸に自らの頭を押し付けるようにして、再び眠りへと落ちていった。


朝。
おいしそうな朝食の匂いで太一は目を覚ました。
「めずらしーな・・・お前が先に起きてるなんて。」
そういいながら目をこする太一の目の前には、素晴らしい光景が広がっていた。
エプロン姿のヤマトが朝食を作っている・・・・・・
「えっ嫁っ?!」
馬鹿みたいな声で叫んだ太一にヤマトのパンチがクリティカルヒットする。
「黙れ。俺は今日早く出るから。メシくったらちゃんと片付けとけよ。」
今日は土曜日。太一は会社が休みだが、ヤマトは仕事があるらしい。
「お前仕事なの?」
「あぁ、今日あたりから流星群の観測の準備で忙しいんだ。」
「よくやるねぇ・・・」
ヤマトは10年前考えていたとおり、宇宙飛行士への道を着実に歩んでいる。意気揚々と仕事に出かけるヤマトと対照的に、太一の表情は一瞬曇る。
と、そこに
ばちぃん!
とヤマトの平手が飛んできた。
「いってー!!」
「朝からシケた顔すんな!!」
口調は厳しいながらも、ヤマトの顔は笑っている。ドアに手をかけ、振り返り、太一の目を見てこう言った。
「お前も、やりたいこと、やればいーじゃん。」
「え?」
「守れない夢があっても、守れる夢もあるだろう。お前にできることは、ある。」
「・・・・・・。」
「変わらないものは、あるよ。」
最後にふっと、ハッキリした笑みを見せると、ヤマトは颯爽と出かけていった。

「・・・・・・。」
 ヤマトのいなくなったヤマトの部屋で、太一は一人立ち尽くす。
今日は仕事も休みだし、明日も日曜というわけで、今日はゆっくり昼寝でもしながらヤマトの帰りをまっていよう。などと考えながら部屋を見渡すと、一枚の紙切れが目に留まった。
(これ、ヤマトの・・・昨日の。)
かたくなに見せてくれなかった昨晩の様子が思い起こされる。しかしその紙切れは、表を開いたまま無造作にテーブルの上に放置されていた。怒られるかもしれない気持ちと見てみたい気持ちと。一瞬の葛藤の末、太一は後者を選び取った。
そこには、正真正銘、中学生の石田ヤマトがいた。
ガブモンのこと、タケルのこと、そして将来の夢のこと。
ヤマトはこの頃からぶれていないのだ。
ヤマトの、夢へ向かって行く力強さを羨ましく思ったそのとき、一つのフレーズが目にとまった。何故か赤ペンで、下線が引かれている・・・。

『こういう前向きさ、誰からもらったんだろうな。』 

「・・・・・・!」
太一の胸は熱くなった。
この下線は、おそらく現在のヤマトが数刻前引いたものに違いない。使用されたと思われるボールペンがテーブルの上に転がっていた。ヤマトはきっと、自分に向けてこの言葉を―――・・・。
「・・・・・・ヤマト。」
太一は微笑む。先程の『シケた顔』はどこかへいってしまった。
立ち上がり、携帯電話をとる。かけなれた番号を探す。
発信ボタンを押す前に、心の中でヤマトの言葉を繰り返した。
『やりたいこと、やればいーじゃん。』
「・・・やってやるよ。なめんなよ。」
もう叶わない夢もあるけれど。あの頃からずっと今も、自分を信じてくれている恋人のために。
太一はもう一つの夢に向けて歩き始める。
「・・・もしもし、光子朗?あのさ、俺、やってみたいことがあるんだけど・・・」

自分の提案への光子朗の厳しくも協力的な言葉をかみしめながら、
今日は夕食を作ってヤマトを待とう、と、太一は思った。

あの頃と変わらない、得意のオムライスで。

 

 

 

END


 

こうして太一さんはデジタルワールド外交官への道を歩き始め、ゲートの開放に尽力したのでした、というお話でした~。遅くなってすみません。02から10年後、という設定なので現在の2年後のお話になってしまいました。
タイトルのわけは、大人になった二人がそれぞれ、お互いの10年前からの手紙を読んでいるので、それに対する返答とはどういう行動なのだろう、というところで「10年前のあなたへ」になりました。
ちなみに、8月1日のイベントで出した小説本「From 10 years ago」と連動したお話になっています。(というか、その本は、8人の選ばれし子供の10年前からの手紙を全文書き連ねてあるだけの本なのです・・・)