「灰色の虹・2」


  俺は、フラフラと街を歩いていた。
 太一のいないまま、変わらず今年もただ寒い冬が過ぎて行く。
 クリスマスのイルミネーション、年越し特有のお祭りムード、
 こんなふうに街は壮大な仮面をかぶる。でもその下に暮らしている
 人間たちはけして一様にお祭り気分ではなくて、それぞれが、
 それぞれの悲しみや絶望を、抱えているのかもしれない。調度
 俺たちがそうであるように。それでも季節という大きな波が、
 その小さな悲しみに覆いかぶさり、すべてをやがて隠す。そんな
 まやかしに過ぎないとわかっていながら、人々は小さな悲しみに
 目を向けることはない。自分以外の他人を案ずることなどけして
 しない。そしてそれを、社会全体への認識であるように自分の
 中で位置づけするのだ。そうして、自分で自分を孤立に追い込む。
 「自分だけが、こんなに可哀想なのだ」と。

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 「お邪魔します」
  俺の鳴らしたインターホンに応え、扉を開けたのは光子朗だった。
 俺の顔を一目確認すると、「どうぞ」と短く言って部屋の中へ招く。
 リビングを通過するとき、キッチンで何かを用意している女性と
 目が合う。案じるような、諭すような笑みで会釈をされた。何度か
 光子朗の家には来ているが、毎度思う。こんな母に優しく愛されて
 いるから、こんなにリクツっぽくてもけして危なっかしいところの
 ない人間に育ったのだ、と。しかしこの笑みには、複雑な心境を
 抱えざるをえない。太一を失ったこと。彼女もそれを案じているようだ。
  通されたのはいつもの殺風景な部屋だ。ベッド、デスクにパソコン、
 マニアックなPC関連の書籍しか入っていない本棚。今の光子朗の
 部屋にはそれしか残されていなかった。洋服箪笥とか、コートかけとか。
 そういったものはこの男の生活に必要ないらしい。
  そんな殺風景な部屋のベッドに光子朗は腰掛け、ため息を一つついた。
 俺は床に腰を降ろす。床に敷かれたしゃれた色のカーペットは、あの
 優しい母親が用意してくれたものだろうか。
 「ちょっと失礼するわね。」
  沈黙を破るのはドアを明ける音と、少し高めのおだやかな声。彼女は
 光子朗の部屋の凍りついたような空気を少しだけ溶かす。光子朗の表情も、
 その間だけは少しやわらかくなった。コト、と丁寧にウーロン茶のグラス
 の乗ったお盆を置くと、「ごゆっくり」と言ってこれまた丁寧にドアを
 閉め、タンタンと静かな足音をたてて去っていくのを、俺たちは一通り
 聞いていた。
 「・・・で、何の用だ?いきなり呼び出したりなんかして。」
 「はい。太一さんのこと、非常に残念なことでした。」
  光子朗は淡々としゃべりだす。そのあまりの単調さに俺は少しムッと
 して、鋭い視線を彼によこした。が、その漆黒の瞳からはすぐに感じ取れた。
 光子朗は珍しく感情を押し殺すために、その口調を単調にしていた。
 あの光子朗が感情を抑えている。太一が死ぬ、とはそれほどのことだった。
 「・・・そのことにはもう、触れるな。」
 俺は耐え切れなくなって視線を落とす。しかし光子朗は、俺に逃げ道の進路
 をけして許さない。
 「いえ。どうしても確かめなければならないことがあります。」
 その瞳は真剣そのものだった。かつての、生きるか死ぬかの冒険を思い
 起こさせるような。黒い瞳が俺をとらえる。唾を、ゴクリと飲み込んだ。
 「太一さんが、なぜ死んだかということです。」
 予想だにしない言葉に一瞬呆けたが、すぐに気を取り直して抗議した。
 「ちょっと待て光子朗。お前も話を聞いただろう。太一は、自殺しようと
  した後輩を止めようとして自分が犠牲になった。それは違いない事実だぜ?
  こう言うのもなんだが・・・すごく、太一らしい最期だと俺は思うよ。
  だから、現実を受け入れ・・・」
 「本当にそうでしょうか。」
  俺の言葉に、吸い込まれそうな瞳の黒が疑念をなげかける。光子朗の目は、
 確かに抗議の念を訴えていた。そしてもう一度、繰り返す。
 「本当に、それが太一さんらしいとあなたは思うんですか?」
 「何言ってる・・・」
 「ヤマトさん、あなたは太一さんのことを最もよく知っているはずです。
  何せ2人でオメガモンまで生んだ仲ですからね。ですから、もう一度
  よく考えてください。太一さんは本当に、弱いものを平等にほっとかない
  ような人でしたか?」
 こいつは何を言い出すのだ。太一の人格を否定したいのだろうか。それは
 俺が許さない。俺が反論しようとしたその声を、またも光子朗はさえぎる。
 「太一さんは、関係ない弱い人にはけして優しくしませんよ。」
 「ふざけるな!!」
 憤りが、もう限界点に達していた。太一を否定するようなことを、なぜこの
 光子朗が口走るのか?理解が及ばない。
 「落ち着いてくださいヤマトさん。あなたは太一さんにそんなふうに冷たく
  されたことがないからわからないんですよ。」
 「そんなこともねーぞ。仲悪かったじゃねぇか。」
 「いえ少なくとも、太一さんにとってあなたは全く関係ない人物ではなかった。
  もちろん最初からね。それこそ気になって気になって仕方がなかったん
  ですよ。だからあなたの弱さには優しかったはずです。その優しさは時に
  厳しさにもなったかもしれませんが。ヤマトさんに対して、太一さんは
  冷めた視線を向けたことはないはずです。でもそれはあなたがトクベツ
  だったからですよ。」
 不覚にも、光子朗の言葉で少し胸が熱くなる。トクベツ。太一にとって
 自分が。それは誇らしいことであり、今となっては苦しく胸に染み渡ること
 だった。光子朗は続ける。
 「ですが太一さんは、そんな扱いを世の中すべてにしてあげられるような
  人ではなかったはずです。彼は非常に正直でしたから。」
 確かに。太一はあまりにまっすぐで、あまりに正直で、例えば嫌悪感を
 抱いている相手に対してそれを隠すことは得意ではなかった。だからこそ
 太一の笑みには嘘や嫌味がなく、どんなさわやかボーイの営業スマイルより
 輝いて見えた。俺の脳裏に次第によみがえる、太一の像。
 「ここで一つ疑問が浮上するんです。太一さんが庇ったという後輩ですが、
  サッカー部でもなければ委員会も違う、出身校も違う、まったく関係の
  ない後輩だったんです。」
 いったいどこの情報網から仕入れた情報かは知れたことではないが、光子朗は
 神妙な顔で言い放った。
 「つまり、太一さんにとっては彼の自殺に立ち会うどころか、ほとんど
  面識のない相手だったんですよ。」
 「たまたま通りかかって咄嗟にとめたって可能性は?」
 「それもないですね。あそこは太一さんが普段通る道ではないんです。
  あの日太一さんは部活後とくに予定もなく、普通ならまっすぐ家に帰る
  ところなのに、なぜかまったくそのルートからはずれたところでこんな
  ことになった。何かおかしいと思いませんか?」
 「・・・・・・。」
 驚異の情報収集能力に呆気にとられながら、俺の中にも光子朗と同じ認識が
 生まれた。光子朗のことだから、この情報にぬかりはないのだろう。
 「そしてもう一つ、」
 光子朗は真顔を崩さず、付け足した。
 「最期の日の前日、太一さんがデジタルワールドに行った形跡があるんですよ。」

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  俺は電車に揺られながら、光子朗との会話を反芻していた。
 デジタルワールド。久しく口にしていなかった単語だ。それは今、高校生にまで
 なってしまった自分にも、トクベツな響きを持つ言葉だった。
  あの頃。孤独だと思い込んでいた自分に舞い込んできた厳しい試練。
 自分ひとりで立って、弟のことを守ってやらなきゃと、自分で自分を孤独に
 追い込んだ。それを救ってくれたパートナー、ガブモン。そして、太一。
 太一に対してトクベツな感情を抱いたのは、本当はあの頃だったよな。
 それこそ気になって気になって仕方なかったんだ。もちろんそのときは、
 それが『好意』だなんて認めたくなくて、でも太一の告白を受けて・・・・・・。
  つい懐かしく思い起こしてしまう。でもこの「思い起こす」行為が、
 俺の中での『太一の死』を裏付けて行くような気もした。
 光子朗が言った、『トクベツ』という言葉。それは確かに過去に、太一本人に
 言われたことがあった。
 「俺にとって、お前はトクベツなんだよ。」
 ふと、ぞっとした。太一の声は確かに記憶の中に蘇った。だが、像が定まらない。
 太一の顔は、俺の頭の中をゆらゆらとさまようが、決定的な像として固定
 されるにいたらない。なぜ?なぜ?そんなはずはない!焦った。冷や汗が出た。
 夢中でカバンの中を探る。いつも、手帳にしのばせていた、あのメンバーで
 撮った写真。ベリアルヴァンデモンを倒したあとで、12人で撮った写真。
 真ん中に、太一はいた。大輔の肩に手を回しているが、タケルの背後で見えなく
 なっているもう片方の手がこっそり自分とつながれていたことを、今でも確かに
 覚えている。ようやく、太一の像が頭の中で確定した。安堵感。しかし。
 もしかしてこれからは、こんなふうに写真の太一しか思い出せなくなるのだろうか。
 写真は何度も眺めているうちに、次第に現実からはなれ、奇妙な偶像になることを
 経験上知っている。太一の顔を思い出すということが、そんな偶像を見ることと、
 いつか同義になってしまうのだろうか?
 怖い。
 これまたご無沙汰な感情だった。
 でも、怖いからといってつなぐ手は、もう隣にはなかった。

  そんなことを考えていると、電車は目的地に着いていた。今日は、新しい方の
 バンドの練習日なのだ。光子朗との話が長引いたせいで、少し遅刻してしまった。
 俺は急いで待ち合わせ場所へと向かった。
 「すまない、遅れた。」
 と、ぎょっとした。一人しかいない。もう皆先に行ってしまったのだろうか?
 それか、もしかして俺が遅れたから機嫌をそこねてしまったか。くそっ、
 高校の仲間のことはまだ少しつかめない。
 「ほ、他の皆は。どうしたんだ?」
 すると、クセ毛風にパーマをかけた少し明るめの茶髪をかきあげ、そのギター
 担当は答えた。
 「あぁ。帰っちまったな。」
 
 「そ・・・そうか。まさか、俺が遅れたからか・・・?だとしたら、」
 「いや、んなわけじゃねぇよ。二人とも、急に予定が入ったんだとよ。
  どうせ女じゃん?年越しだしな。」
  そうか、忘れていたが今日は大晦日だった。カップルには大切はことかもしれ
 ない。太一がいなくなってから淡々と日々をすごしてた俺は、すっかりそんな
 ことどうでもよくなっていた。
 「しかたねぇ。ギターとベースじゃどうにもならないよな。今日の練習は中止・・・」
 と、言いかけたが、急に奴が肩を抱いてきたのでかき消された。
 「まぁ待てって。他の二人がオイシイ思いしてんのにこのまま一人寂しく帰んの?
  寂しくない?」
 あからさまに嫌悪感を顔に出してしまった。顔の近くで話されることはあまり
 好きなことではない。この世でただ一人を除いては。
 「今日はもう俺に用ないだろ。俺は帰るぜ。遅れておいてすまないが。」
 「おーいつれないこと言うなよなぁ。この寒空の下待たせたのに、俺を置いて
  お前は帰っちゃうわけ?」
 自分の罪を指摘された。そういわれては反論できない。妙に顔を近づけてくる
 奴の顔をできるだけ自然に遠ざけながら、なかば呆れたようなニュアンスを
 こめて、言った。
 「・・・悪かったな。だがいったい俺にどうしてほしいんだよ?」
 「ちょっと付き合えよ。」
 不適な笑みに、いやな予感がした。
 もともとこいつとはあまり理解しあえる気がしていなかったが、それが
 ぐんぐん音をたてて現実味を増してくる感じだ。警戒に、身を硬くする。
 「なぁに、男なら楽しいことさ。それに最近お前さ、妙に表情硬かったじゃん。
  ライブ中も全然気持ちよくなさそうだしさぁ。それってさ、やっぱアレだろ?
  溜まってんだろ?」
 わかったような口調に、イラつきを隠せない。それに下品だ。ライブに関して
 語るにも、こいつが語ると妙なイヤらしさが付随される。嫌悪感を隠せない。
 「離せよ。」
 「おい、あんまり反抗的だといいことないぜ。」
 「何をっ・・・!」
 上から見られたような口調に、ついに手をあげてしまった。と、ここぞとばかりに
 腕をつかまれる。奴の手ではなかった。大柄な、何かスポーツでもしていたかの
 ような体格の男が3人ほど、背後に立っていた。引きしまった筋肉、冬なのに少し
 ばかり焼けた小麦色の肌。
 「サンキュー。こいつちょっと、興味あったんだ。開発してやろうぜ。」
 ぺろりと舌を出したギター担当の薄笑いに、背筋が凍った。

 「やめろよっ、離せ!ぐっ・・・!」
  暴れる体を子供のように抱えられ、投げ飛ばされた。ばふっ、という音に
 我にかえると、やわらかいマットレスの感触が背中にしみわたった。
 連れ込まれたのはホテルの一室だ。やばい、という感情が沸き起こる。
 すぐに体を起こそうとするも、両脇から二の腕のあたりを押さえ込まれる。
 またがってきたのはギター担当だった。
 「へへ・・・女みてぇな体してんな。」
 最大の侮蔑をこめて、にらみつける。そのセリフを吐かれて許したのは、
 過去にただ一人しかいない。その彼でさえ、俺は一発殴った。それをこんな
 下劣なやつに口にされる。それだけでもう我慢ならない。
 「じゃ、ちょっと味見させてもらうかな」
 そういいながら奴の顔が近づく。キスされてしまう。イヤだ、キスは・・・。
 キス以上のことももちろんイヤだが、キスは何か、トクベツな気がする。
 多分、初めてキスしたときに、太一が言ったからだ。
 「俺にとって、お前はトクベツなんだよ。」と。
 必死の思いで、絡めてくる奴の舌に噛み付く。奴はうめき声をあげて、
 後退した。チャンスかと思いもがくが、依然として二の腕はがっちりと
 押さえつけられたままだ。少しも動かすことができない。
 「へぇ。反抗的だ。でもそれもまぁそそるけどな。」
 なぜだ。理解できない。なぜこいつにこんな目に合わされなければならない。
 疑問ばかりが浮かんでくる。でも、抗議の言葉は大柄男の手の平で覆われ
 カタチにならなかった。
 「無駄無駄、吼えるな。気持ちよくしてやるよ。まさかまだ童貞クンなんて
  ことはねぇだろ?新しい境地を発掘してやるっていってんの。」
 気づけばすでに胸はあらわにされていた。足をばたつかせるが、それも
 押さえ込まれた。・・・いったい何人仲間がいるんだ?こいつ?
 なんてことを考えてる暇はなかった。胸を吸われた。乱暴に。チュ、チュ、と
 音が耳にはいった。気持ち悪い。感じたくない。
 「―――っ、あっ」
 しかし乱暴に二つの飾りを転がされては、声を抑えることはできなかった。
 ごつい気持ちの悪い手の平の下で、掠れた俺の声がこもる。耐え難い羞恥に
 襲われた。
 「あれ、感じちゃった?もっと感じていいよ。」
 調子に乗ったギター担当はその手を早める。押しつぶしたり、ツンツンと先端を
 つついたり、きつくひっぱったり。外部から与えられる刺激は、自分で与える
 それよりはるかにハッキリと感じられる。耐え切れず、声が漏れた。
 「あ・・・ふっ・・・・・・んっ、んんっ」
 「俺、ちょっとやべーかも、こいつ。」
 嫌悪感とウラハラに、自然と腰が浮いてきてしまう。まだ胸しか触られていない
 のに。自分の中心が、少しずつ熱を帯びてくるのをハッキリ感じる。イヤだ。
 感じたくない。その思いがより一層、感度を高めるのか。
 「プッ、こんなに勃たせちゃって。そんなに気持ちいいのか?」
 ふざけるな。といいたいが、息が乱れて声にならない。代わりにキッと
 睨み付けてやった。
 「ふふっ、その態度。燃えるねぇ」
 逆効果だったらしい。奴の手は下肢にのび、乱暴に前をさすった。
 嫌悪感。しかし、ビクンとのけぞってしまう。声にならない声が漏れる。
 何しろ、あの晩の自慰以来、一度も精を放っていない。今にも溢れんばかりに、
 そこは膨張し、先走りを滴らせていた。
  その様子に興奮したのか、ギター担当は一気にズボンと下着を降ろした。
 ひんやりとした空気が下肢全体を覆う。あらわにされた。それを感じ取りながら、
 快感はそれでもたたみかけてくる。
 汚い手で、包み込まれる。揉みしだかれる。いちいち太一の行為を思い出させる。
 イライラした。お前の手は太一の手とは違う。でも、快感に嘘がつけなくて。
 「ふぁっ・・・あっ、あ・・・はんっ」
 「おいおい、よがってんじゃんよー。じゃ、こっちならどうだ?」
 そっと、秘部に触れられた。イヤだ。そこは。太一の顔が、浮かんでは消える。
 「うっ・・・あっ、やぁっ」
 抵抗するが、許されない。足を開かれ、そこに入れた指を増やされる。
 「ちょ・・・マジで?全然きつくねーじゃんお前。」
 「はっ、あっ、」
 「初めてじゃないんだな、男に抱かれるの」
 やめろそれ以上言うな。
 「意外と淫乱なんだ。」
 最大の屈辱が、俺の全身を襲った。それでも、体は正直で。奴は前を舐めながら
 後ろの指を動かしてくる。今にも、劣情があふれ出してしまいそうだ。でも
 それだけは。どうか許してくれ。もう俺の思考は、そんなふうになってしまって
 いた。
 「こっちは?こっちも?なぁ、ここ?」
 「あふ・・・ふぁっ、ひぁっ」
 「俺・・・我慢できねー・・・」
 奴が男の息を漏らした。吐き気がした。服をはぎとっているのが見える。
 再び圧し掛かられ、欲望をおしつけられた。いやだ。いやだ。太一。
 「あっ・あぁぁっ!」
 意思に反して、貫かれる。しかしこの体は慣れている。痛みはほとんどなく、
 甘い痺れが全身を行き来した。こんな相手に。でも、太一を求めてつい数日前も
 自分で刺激を与えたほどの其処が、新しい刺激を拒絶することはなく。
 「んっ・・・はぁっ、やっ・・ああぁっ!!」
 ついに俺は昂りを吐き出した。その直後に体の奥にも流れこむ。
 奴が・・・息を整えながら、高揚した顔を俺に向ける。
 やめろ。何も言わないでくれ。
 「ははっやっぱ溜まってたんじゃん。いいストレス解消になったな。お互いに。」

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  どこをどう走ったか覚えていない。
 ただ、恐怖に押しつぶされそうだった。
 怖くて、その場から逃げ出したくて。夢中でホテルを飛び出した。
 電車に飛び乗り、先を急いだ。そうして今は、お台場の海に座りこんでいる。
  全身が、だるい。このまま眠りについてしまいたい。この寒空では死んで
 しまうだろうか。そんなのもうどうだっていい。太一は死んだ。死んだのだ。
 なぁ太一。問いかけずにいられなかった。死ぬのは苦しくはなかったか、と。
 こんな罪を犯すような自分が死ぬべきだったと。理屈に合わないとわかって
 いても、思わずにはいられない。
  何はなくとも、情けなかった。不意をつかれたことではない。押さえ込まれた
 ことではない。太一ではない相手に、あんなに感じ、よがってしまったことだ。
 ストレス解消、と、奴は言った。相手は誰でもよかったのだ。けれど事実こちらも、
 太一ではないのに快感を感じてしまった。誰でもよかったのだ。そういう点で、
 あんなにも嫌悪した人間と同等になってしまっている気がする。それがどうし
 ようもなく情けない。
  俺はそんなに、男の欲望をそそるような容貌をしているのだろうか。実は
 幼い頃からずっと気にしていた、”中性的な”顔を、憎まずにいられない。
 手ごろな女がいないからこいつでいい。そんな欲望のはけ口にされ、不覚にも
 それに応えてしまった。死ねるほどの羞恥心を感じた。
  だが太一は、違ったのだ。女がいないからではけしてなかった。太一はモテて
 いたし、きっと空だって太一が好きだった。でも太一は、あえて俺を選んで
 くれた。「トクベツ」という言葉の魔法をくれた。俺のことを必要だと、そして
 何度も、「愛してる」とささやいてくれた。
  愛のないセックスの虚無感と比べると、太一との行為はあまりにも神聖だった。
 何より太一は、「俺」を必要だと言ってくれた。女の代わりではなく、「俺」を
 求めてくれた。それがどんなにまばゆいことだったか。虚無感に包まれた今、
 そのことがとてもハッキリと輝いて見えてくる。
  そうだ。俺は今でも、「誰かに必要とされること」に依存していた。
 太一が求めてくれることに。
 そこに自分の生きる意味を見出していた。
 昔から何も成長していない。
 それでもハッキリと、わかってしまったんだ。
 太一の魔法の言葉は、高校に入って遠く離れてからも、ずっと心に焼き付いていた。
 新しい友達。なかなかハラをわることができない。心を開けない。
 でも太一だけは俺を必要としてくれると、そんな確信があったから、それでやって
 これたんだ。
 けれどもう、太一はいない。
 こんなにも、俺には太一が必要なのに。今さら気づいたのに。
  情けなさと絶望感に、俺は海辺の寒空の下、声を上げて泣いた。
 すっかり夜は暮れていたから、誰も聞くことのない声を。
 けして太一にさえ、届くはずのない声をあげて。

  そしてひとしきり泣ききると、一つの真実に思考が向かう。
 やはり、確かめねばならない。
 「太一の死」の真相を。
 
   



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 なんか思ったより長い話になってしまいました・・・
 おそらく、4部くらいで完結すると思います。
 しかしうちのヤマトは漫画だろうと小説だろうと
 ホント暗いなぁ・・・笑