「タイ刹那ヒト」3

 かすかに、まだ夏の匂いの残る風が、僕らの髪に触れて通り過ぎていく。
 透明な部屋に、俺と君がただ2人。
 蒸し暑いその空間が、さきほどの熱を思い出させる。
 
 ヤマトは、額に汗をにじませながら、フローリングの床に寝転んでいた。
 さっきの出来事を、忘れてしまいたいというような顔をしてる。
 俺は、チラリとその細い腕に目を向けた。
 くっきりと赤くついた縄のあとが、ヤマトの白い肌には余計に目立っていて、
 俺はなんだかいたたまれない気持ちになった。

 俺たちには、何があったんだ?

 自分のしたことをよく思い出せない。
 ただ、いいようのない気持ちよさと、悲痛な喘ぎ声。
 俺が確かに感じた嫉妬心、ヤマトへの気持ち。
 …でも、ヤマトへの気持ちなんてものは、あそこにあったのだろうか。
 自分の嫉妬心が、ヤマトへの気持ちを押しつぶしてしまった気がする。
 その嫉妬心てものは、ヤマトへの気持ちの延長なのだろうけど。
 本当にヤマトへの本当の気持ちがあったならば、
 あんなことはしなかったかもしれない。
 でも、よくわからない。
 そもそも、本当の気持ちって、なんだよ・・・?
 
 「ヤマト」
 ヤマトの返事はない。
 「ヤマト」
 ヤマトはぐったりと横たわったままで。
 「ヤマト」
 振り返る様子もない。
 「なぁ、ヤマト!!!」
 あちら向きで寝転んでいるヤマトの顔が気になって、
 俺はヤマトの肩をつかみ、無理やりこちらに向けた。
 しかし予想とは異なり、その体は抵抗するそぶりも見せず、
 俺の力のまま、ごろんと転がった。
 その顔は、青白くて、冷たくて、目に心がなくて。
 気づいてみれば体も氷のように冷たくなっていて、
 ヤマトはただの人形みたいだった。
 「・・・・ヤ・・ヤマト・・・?」
 とがったつららのように冷たい視線。
 返事のない、心のない、冷たい体のヤマトに、
 俺は声にならない驚きをみせた。
 冷や汗が出て、頬をつたい、したたりおちる。
 蒸し暑いはずの部屋が、一瞬にして冷たく感じた。
 (ねぇ、ねぇ、思い通りでしょう?)
 誰かの声が聞こえた。
 はるかかなたの、空の向こうから聞こえた気がした。
 「なんだとっ?!」
 ヤマトを抱きかかえたままベランダに出て、
 はるかかなたの、空の向こうに向かって俺は叫んだ。
 空は高くて高くて、俺がしぼりだした叫びは、
 いとも簡単にその中に飲み込まれていく。
 「おい、誰だ!!」
 (ねぇ、思い通りでしょう?)
 「人の話を聞けぇ!!」
 ふと、人の気配に気づき、後ろを振り返る。
 そこには薄笑いの土屋がいた。
 「ちっぽけな、ちっぽけな君の声。
  そんな小さな声じゃ、この空高くには届かないよ。」
 「はっ・・・?」
 図星だ。と、心の奥底が叫んだ。…そうなのか?
 俺は、俺は、そんなにもちっぽけなものなのか?
 「ちっ・・・ちくしょぉ!!お前は…お前は誰なんだ!!」
 「八神、無理だよ、届くはずないよ・・・」
 「そんなワケあるか!!!」
 声がかれるほどに、叫んだ。でも、俺の問いに対する返答はなく。
 (ねぇ太一、あなたの思い通りのはずよ。ヤマトはもう、
  抵抗しないもの・・・。)
 「なにぃ?!抵抗しないヤマトのどこが・・・!!」
 (もうヤマトは、あなたの言うとおりに動くわ。
  あなたの求める快感も、すべてが思いのままよ。
  ヤマトは今、あなたのものよ!!!)
 俺が隠してきた、何かの感情をえぐられた気分だった。
 必死で俺は、それに抵抗する。
 「なに言ってやがる!!俺の求める快感だと?そんなのっ・・・」
 しかし、そこまで言って、俺の抵抗は終結せざるをえなくなった。
 俺は・・・もしかして、自分の快感のために?
 いや、そんなはずはない。違う、違うんだ!!
 俺はヤマトのために・・・ヤマトにいろんな表情を戻すために・・
 ん?ヤマトの・・・ため?
 ヤマトが無表情で嫌だったのは、俺じゃないか。
 ヤマトのいろんな表情が見たかったのは、俺じゃないか。
 いや、でも俺は・・・!!
 ・・・わからない、わからない!!
 本当は、自分の欲望のためだけにやっているのか?
 そんなはずない!!でも・・・!
 「あああああっ!!」
 頭をかかえ、そこにうずくまる。
 俺の足元に転がるのは、動かないヤマト。
 なんのための俺たちなんだ?
 なんのために、俺はヤマトのそばにいるんだ?
 ヤマトは、知っていたのか、俺の目的を。
 なぁ、どうなんだ?ヤマト。
 答えろ!答えろよ!

 ヤマト!!!

 ハッと気づくと、俺は涙を流して、横たわっていた。
 おそるおそる横に視線をずらすと、そこにはヤマトがいた。
 あちら向きで、寝転がっている。
 「ヤマト」
 風の音ほど小さな声で、俺はヤマトを呼んだ。
 ヤマトは、目を覚まさない。
 あせった俺は、急いでヤマトにかけよった。
 白い肌に、そっと触れてみる。
 ・・・その体にはちゃんと、ヤマトの体温があった。
 良かった。大丈夫。夢だったんだ。
 ヤマトは寝ているようで、静かな寝息がかすかに聞こえる。
 腕に残る赤いあとと、ヤマトの目から流れていた一筋の涙に、
 俺はそっと手をあて、その顔を見つめた。
 整った、きれいな顔。
 これほど愛しいものが、この世にもう一つとあるだろうか。
 目的など、それを前にしたら、どうでもよくなってしまう。
 そっと、顔を近づけて、唇を重ね合わせてみた。
 「・・・ん・・・」
 ヤマトは目を覚まさずに寝返りをうった。
 首筋を、髪の毛を、白い腕を、細い足を、
 ヤマトのすべてを、残暑の夕焼けが照らす。
 欲しくてたまらない。
 この夕焼けと同じように、コイツのすべてを、俺が照らしたい。
 コイツのすべてを奪うのが、俺でありたい。
 ヤマトの願いがどうであれ、俺の願いはそうなのだ。
 奪い尽くしたい。
 そのためにヤマトに降りかかる苦痛は、
 すべて俺がぬぐってやる。
 目的、欲望?そんなものは、どうでもいいんだ。
 そんなことをいちいち考えていたらラチがあかない。
 今見た夢が、俺の脳裏によみがえる。
 でも、ヤマトを照らす夕焼けが、俺の理性を奪う。
 触れたい。ヤマトに触れたい。
 そう思う心が俺の行動ににじみでる。
 ヤマトの顔をこちらに寄せ、もう一度唇を重ねる。
 離さない。ヤマトがずっと俺のものであるように。
 「ふ・・・んん・・・んっ・・?」
 ヤマトがその綺麗な澄んだ目を開く。
 その目に、真っ赤な夕暮れの日差しが差し込む。
 この夕焼けみたいになりたい。
 ヤマトのすべてを、俺が。

 考えれば考えるほどに、頭が狂う気がしてくる。
 だから今は何も考えずに、ただ、この愛しい姿だけを見て、
 自分の思うがままを追いかけてる。
 この口づけが、悲劇の引き金になるとは知らずに、
 この行為が、惨劇の序章にすぎないとは知らずに、
 ただ、この暗闇の出口だけを求めて。
 
 2人でつかめる幸せだけを望んで。









          
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