「タイ刹那ヒト・5」

 「太一!どこ行ってたの、こんな時間まで!!」
 俺が玄関のドアを開けたと同時に、
 けたたましい母さんの声が家中にこだました。
 「うるさいなー、ヤマトん家行ってきただけだよ。」
 「ヤマトくん家なら何度も電話したわよ!
  太一は来てないってヤマトくん言ってたわ。
  本当はどこへ行ってたの?あ!コラ太一!待ちなさい!」
 (ヤマトの奴・・・。)
 俺はふてくされて、冷たく部屋のドアを閉めた。
 「太一!!!」
 そのバタン、という音と、母さんの声が同時に響き、
 その余韻が家の空気を重くする。
 俺は一人部屋にこもって、ぼんやりと何か遠くを見つめていた。
 
 そっと、俺の小さく握った手のひらを、ひらいて見てみる。
 何のための手だったろう。
 この両手で、俺は何をできただろう。
 そして、この両手で俺は何をしただろう。
 ベランダに出てみる。
 星を見上げてみる。
 都会の夜空はすっかり黒ずんで、星は光らない。
 ・・・考えよう。
 今はできるだけ。
 あせらなくても、いいのだから。
 いつか遠いどこかで見た星、それらに教わったこと。
 ゆっくり進んでいけば、いいのだから。
 俺は何かをあたためるように手のひらを握り、
 少し夜風を感じた後で、早々とベッドに入っていった。

 「おはよう、石田。」
 何か俺のハラにしっくりこない、さわやかなあいさつ。
 きれいな顔で、にっこり笑って、土屋はヤマトの前にいた。
 「あぁ・・・おはよう。」
 これまた整ったきれいな顔で、にっこり笑ってる。
 細い肩にそそられてしまう前に、俺はさっさと目をそらした。
 「・・・あ!」
 するとそこには背丈の小さな男の子が一人、
 こちらに気づかれるのを待っているのか、
 そわそわした様子でこちらを見つめていた。
 「光子郎じゃねぇか!!」
 俺の気分は晴やかになり、じゃれつくようにそっちへ駆け出した。
 ヤマトだけは見ないようにして。
 「た・・・太一さん。」
 「おう、何か久しぶりだなー。どうしたんだ?」
 「いえ、僕はちょっとヤマトさんに用があったんですが・・・」
 「・・・ヤマト?」
 突然のにわか雨のように、俺の表情はいきなり曇った。
 不機嫌な顔で自分の後方を指差し、ぶっきらぼうに言い放つ。
 「ヤマトならあっちにいるぜー、よんでこようか?」
 その様子を見て驚いたのか、光子郎はあせって言った。
 「いっ、いえ、別にいいですよ。重要なことではありませんし・・・
  それに今ヤマトさん、取り込んでるみたいですから・・」
 (取り込んでる・・・か。)
 俺はちょっとだけ、ヤマトの方に目を向けてみた。
 あぁ、楽しそう。俺の前でもあんなふうに笑えば良いのに。
 でもあんなことをしたんだし、と考え、『あんなこと』を
 思い出しそうになった俺は、いそいで光子郎の方を向きなおす。
 「そ・・・そっか。」
 「はい。ではまた後で・・・」
 と、帰る足をとめて、光子郎は振り返った。
 「・・・ケンカでもしたんですか?」
 「なっ!!」
 半分本当。でも、ケンカなんかじゃない。
 もっとひどいこと。
 でもそんなこと言えるわけないので、
 俺は適当に話をつけておいた。
 「別に何もねぇけど、いつも一緒ってワケにもいかねぇだろ?」
 ・・・ごもっともだ。
 一人ぼっちの帰り道。
 俺はただ黙り込んで、ただ家へとまっすぐ歩いていった。
 今日は結局、ヤマトとは一度もしゃべらなかった。
 そのせいなのかはわからないが、俺の機嫌はずっと曇ったまま。
 誰としゃべる気にもなれなくて、誰と笑う気にもなれなくて、
 俺はたくさんの児童が帰る道を、走って抜けた。

 走って、走って、走って・・・。
 ふと立ち止まってみたとき、俺は自分の目が熱くなっていることに気づいた。
 「・・あ、あれ?」
 何がこの目の温度を上げているのか、すぐわかった。
 (俺・・・なんで・・・)
 自分から距離をおこうと思ったのに。
 こみあげる感情はとまらなくて、胸の奥はきつくしめつけられて、
 たえられなくなった俺は、その場にうずくまった。
 土屋に対して、笑う顔。
 こんなにも愛しいのに、それがむけられたのは俺ではなくて。
 あぁ、いつか、いつかは、あの笑顔は俺のためのものだったのに。
 なんで、どうして俺に、あんな顔するようになったんだよ!
 ・・・そんなの、わかってる。
 俺があんなことをしたから・・・!
 俺の左肩に目をやってみる。
 そこにアイツはいない。
 ふきつける風は、まるであの世界からきた風のようで、
 俺にあの日の冒険を思い出させるようで・・・。
 今はないあの日常でいっぱいになった心は、
 立ち止まった俺を再び歩き出させた。
 ヤマトとしゃべらないなんて、俺にはできねぇよ・・・。
 そこにたどりついたところでどうするつもりもない。
 今は、その行為から離れて考えなければならないから。
 でも、ちょっと会うくらい、いいだろう?
 あんな行為より前に、俺にはヤマトが必要なんだ。
 そうして俺は、目的の場所にたどりついた。
 ヤマトの家の、ドアの前。

 あやまるだけ。あやまるだけだ。
 あんなことをしてゴメン、というだけだ。
 おそるおそるインターホンに手をのばす。
 でも、押そうとして、手をとめた。

 もし、またおびえた目で見られて、入れてもらえなかったら・・。

 ヤマトのことだから、もうきっとドアも開けないだろう。
 だいたい、あやまったところでどうだ。
 また俺のそばにいてくれるとも、限らない。
 インターホンにのばした手がふるえる。
 もしかしたら、また俺が俺自身を見失ってしまうかもしれない・・。
 「ハハッ、どうしちまったんだよ、俺・・・。
  俺の紋章は、勇気の紋章だったじゃねぇか・・・。」
 震える手は、とまらない。
 「なんでだ・・・なんで・・勇気を・・出すんだ・・勇気・・」
 人ん家のインターホン押すだけのことに、
 紋章をもちだすのもどうかと思うが、まぁいい。
 とにかく、光ってくれ。どうか、どうか光って。
 俺の、俺の、勇気の紋章―――・・。
 震えた手は、インターホンに触れることなく、垂れ下がった。
 むなしく、数秒がたつ。
 遠くで鳴く鳥の声が、やけに耳にさわった。
 「・・光るわけ、ないよな。こんなことで・・・。」
 なんだか自分が馬鹿みたく思えて、俺はその場を去った。
 変な寂しさが、俺の胸をざわりとなでる。
 それは、ヤマトに会えないだけのことではなくて―――。

 とぼとぼと俺は一人、家への道を歩いていった。
 俺の勇気は、光らなかった・・・。
 もうこのまま帰ろうと思った。
 もう今日は誰とも会いたくない。
 けれど、すっかりすさんでしまった俺の心に、
 暗闇を上乗せするような出来事は、その先で待っていた。
 「・・・あ。」
 俺は目を見開く。
 確かに、今俺の目にうつっているのは、
 綺麗に整ったいやみな顔、サラサラな黒い髪の毛、
 あぁ、確かに、
 土屋だ・・・。
 それに気づいた瞬間、俺の心は激しい嫉妬心であふれかえった。
 土屋は、向こう側から来て、今俺とすれちがう。
 と、いうことは、あいつの行き先は・・・!!
 「おい、ちょっと待てよ。」
 頭の中で答えが出る前に、俺はすれ違いざまに土屋の腕をつかみ、
 ものすごい形相でにらみつけていた。
 「・・・なんだよ八神。・・・離せ。」
 「嫌だ。おまえ、これからどこ行くんだよ・・・!」
 「どこって・・・塾さ。」
 土屋はなめくさったような薄笑いで、俺を見下ろす。
 その表情にハラがたって、俺は怒鳴った。
 「ウソだ!!おまえの塾は駅前のはずだろ・・・
  駅はまったく反対方向じゃねぇか!!」
 「あぁ、言われなくてもわかってるさ。
  でも、今日はこっちにちょっと用があってな。」
 「ヤマトの家に行くんだろ。」
 核心をつかれたのか、土屋は一瞬驚いた顔をした。
 だがしかし、すぐにニヤリと笑い、俺の手を力いっぱい振り切った。
 「悪いな!石田と約束をしてるんだ。今日は塾があるから、
  早く行かなきゃならねぇ。おまえとしゃべってるヒマはねぇんだよ!」
 「させるかっ!!!」
 俺のこぶしは土屋の頬を殴っていた。
 土屋は大きくふっとび、近所の壁に打ち付けられた。
 俺はすぐに歩み寄り、奴の胸倉をつかむ。
 しかし、土屋はもう一度いやみな笑みをうかべて言った。
 「・・・やりやがったな。」
 瞬間、土屋のこぶしが目にも止まらぬ速さで、俺の頬に飛び、
 すさまじい痛みが、俺の全身を通り抜けた。

 「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」
 殴り合いで、お互い何度も全身を地面に打ち付けられている。
 どちらももうまともに立ってもいられない。
 それでも俺はのどを枯らせて叫んだ。
 「ヤマトの家には・・絶対に行かせねぇ!!!!!」
 俺に持つすべての力をこめて、土屋に飛びかかっていく。
 「こっちだってそうはいかねぇんだよ!!!!!」
 飛びかかる俺の勢いを利用して、土屋は俺を返り討ちにする。
 学校にいるときは考えられない、いつもは冷静な土屋の
 無惨に取り乱した姿だった。
 こんな土屋は、見たことがない。
 「石田が・・待ってるんだ・・・!石田を・・放ってはおけない!!!」
 ヤマトのために取り乱す土屋なんて。
 一瞬、ゾクリとした。
 土屋のヤマトに対する思いに。
 土屋の必死な表情、ヤマトのために俺にふりかかるこぶし、
 すべてからそれを読み取れる。
 でも、俺だって、ひくわけにはいかなかった。
 「行かせねぇ!!行かせるもんか!!!」
 思い切り振り回した手が、土屋の顔面を殴った。
 「ぐっ・・」
 赤いものがポタポタとたれる。
 一瞬にして、ただの殴り合いが惨劇と化した。
 「このやろう!!!」
 血の雫が飛び散る。
 けして後にひくことはできない。
 すりむいた血や、鼻からふきだした血、
 それらが周囲を赤く染めて、戦場は悲惨なものとなった。
 握り締めた右手にかかる返り血も、
 飛び散って顔についた血の雫も、
 どうだっていい。
 ヤマトを、こいつには渡せない。
 その本能だけで、俺の腕は暴れまわる。
 
 その血の惨劇に終止符をうったのは、時間だった。
 土屋がチラリと時計を見て、俺のパンチをとめた。
 「八神、おまえのせいでもう塾の時間だ。俺は塾に行く。」
 「へぇ、逃げんのか。優等生ぶりやがって。」
 「なんとでも言え。ただし俺は塾の後に必ず石田の家へ行く。
  あいつとの約束をやぶるわけにはいかないからな。」
 そう言って、土屋はよろめきながら立ち上がり、
 駅の方へと歩いていく。
 俺は惨劇の跡を見つめ、しばらくの間、ボーっとしていた。

 土屋は、確実にヤマトとの距離を縮めている。
 俺は、離れていっている。
 ・・・。
 ダメだ、考えているヒマなんかない!!
 俺はふと思いたつと、すぐさま先ほど来た道を逆方向に走った。
 渡すわけにいかないんだ。
 考えてなんかいられない。
 土屋に、取られてしまう前に、
 土屋の色に、染まってしまう前に、
 何よりも先に、ヤマトを奪ってしまわなければならない。
 考えていたら、間に合わない。
 誰もまっていてはくれない。
 俺が動かなければ。
 日がしずんだら、土屋はやってくる。
 その前に、その前に、ヤマトを連れ去るしかない。
 真っ赤な戦場を駆け抜けて、
 襲い掛かる闇の手からも逃げ切って、
 俺はヤマトのもとへいかなければならない。
 ヤマトがどんな思いをしようとも、
 俺が全てからヤマトを守る。
 俺の本能は、何よりも強くそう俺に語りかける。
 そうして、さっきはどうしても押せなかったインターホンを、
 俺はなんのためらいもなく、押していた。









          
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