「タイ刹那ヒト・6」


 「遅かったな、土屋。何かあったのか・・・?!」
 「よォ。」
 俺と知った途端の、ヤマトの表情の曇り具合は凄まじかった。
 「残念だったな。土屋じゃなくて、さ。」
 そういいつつ、俺は勝手に靴を脱いで中へ上がる。
 ヤマトが俺を拒絶するのが、わかっていたから。
 「ちょっ、太一!」
 ヤマトまでも追い越して部屋に入ろうとする俺の手を、
 すれちがいざまにヤマトがつかんだ。
 俺はヤマトの顔を見もしなかったが、その手を見ただけで、
 『入られちゃ困るんです』
 というオーラがにじみ出ているのがわかった。
 (土屋が来るからか・・・)
 そう思ったら、先ほどまでの燃え滾るような心が、
 憎悪を越して呆れへと変わっていった。
 まるで台風の目のように、大きな騒ぎが沈静され、
 そこへ沈黙と冷ややかな空気がやってくる。
 だがしかし、それは周囲に激しく恐ろしい嵐の予感を
 感じさせるような静寂で・・・。
 俺は無言でヤマトの手を払った。
 ヤマトの顔は見なかった。
 でも、何も言わずに後ろをついてくるヤマトの足音に、
 あきらめと不安が痛いほど感じられた。
 それでも俺の背中は、今は痛みなんか感じない。

 「太一・・・。」
 やっと発したヤマトの一言を無視して、俺はリビングのソファに
 どかっと腰をおろした。
 部屋の中はやけに整頓されていて、テーブルにはコーラが2人分、
 台所の洗い物も、すべて片付けられていた。
 「部屋、片付けたのか?」
 「あ、あぁ・・・ヒマだったからさ」
 (土屋へのもてなしか・・・)
 ヤマトの下手糞。
 もっとうまく嘘つかなきゃ、全部わかっちまうじゃないか。
 嫌な事まで、全部・・・。
 「このコーラは?土屋と2人で飲むつもりだったわけ?」
 「・・・」
 返事をしないヤマトを見る俺の目が、さらに冷ややかになるのがわかった。
 温度計の水銀柱が、するすると落ちていくようだ。
 「へぇ。」
 俺はふっと笑みと浮かべると、そのコーラを一息に飲み干した。
 炭酸がぬけている上、ぬるくなってしまってすごくまずい。
 きっとずいぶん前から、土屋のために用意してあったんだ。
 「ぷはぁ・・・」
 「た、太一・・・」
 困った顔で俺の名前を呼ぶヤマト。
 でも決して近づいては来ない。
 遠巻きに、グラスを乱暴に置く俺を見てるだけ。
 ゴトン・という音が薄暗く静かな部屋いっぱいに、響いた。
 「なぁ、これも片付ければ?ひまなんだろ、土屋が来るまで」
 俺はそういったが、ヤマトもわかっていただろう。
 この言葉が『命令』だということを。
 ヤマトはうかない足取りでこちらへ来ると、
 おそるおそるグラスを取り、台所へ向かった。
 「・・・炭酸ぬけてたぜ。土屋が来てから出した方がいいんじゃねぇの?
  うかれる気持ちはわかるけど。」
 ・・・言葉のとげはヤマトの心にも刺さっただろうに、
 ヤマトは振り返りもせず、丁寧にグラスを洗っていた。
 むしろ、とげは俺の心の方に刺さっていた。
 もちろんそんなちっぽけなとげじゃ、俺の心に傷なんか
 つけられるわけもないけれど。

 「・・・ヤマト、今日の夕飯なに?」
  ヤマトの手が、一瞬止まる。
 流れる水の音のすきまから、俺の声は届いたらしい。
 ヤマトは、振り返りもせずに、水を止めもせずに、答えた。
 「オ・・オムライス。」
 流れる水の音のすきまから、ヤマトの声が届いた。
 俺は、ソファにもたれかかって、ヤマトに背を向けたまま、続けた。
 「おじさんは?帰ってくるの?」
 「・・・来ない。」
 「宿題、もうやった?」
 「・・・やった。」
 「えっと・・、じゃあ、今週のジャ●プ読んだ?」
 「読んでない。」
 「じゃぁ・・・。」
 水にかき消されても、この声は届くのに。
 心だけ届かないなんて。この心だけ、届かないなんて。
 「・・なぁ、いつまでグラス洗ってんの?」
 「・・・。」
 水の音が止まった。
 声はさえぎられなくなった。
 「・・ヤマト、俺のこと怖い?」
 ヤマトは左肩をピクリと動かして、少し考えてから、
 ゆっくりとこちらを振り返った。
 その目は、まっすぐ俺を見ていた。
 「・・・。」
 すんだ瞳。その奥に、
 不信感と動揺、そして恐怖を押し殺して。
 心の奥深くから放たれる瞳の青さに、
 俺の方が耐えられなかった。
 でも、それに気付かれちゃいけない。
 気付かれたら。この心の限界が気付かれてしまったら。
 「・・・土屋は来るよ。」
 話をそらすように言った。
 ヤマトの表情は、困惑するように歪んで。
 俺の胸をきつくきつくしめつける。
 「なぁヤマト、俺のこと、怖い?」
 もう一度聞いた。
 苦しい。胸が苦しい。
 こんな乾いた言葉さえ、声にするのがやっとだ。
 声は水にもさえぎられない。けど、
 心はただの霧にさえ、さえぎられてしまう。
 あぁ、でも、
 どんな形であれ、
 どんな形であれ―――・・・!

 「うわ!」
 ガシャンと音をたてて、グラスがこなごなになった。
 気付けば俺の体の下にヤマトがいた。
 「何するんっ・・んんっ!」
 騒ぐヤマトの口を、手の平で覆った。
 力いっぱい押さえつけたら、もうヤマトの声は届かなかった。
 「聞いてるんだから、答えろよ」
 口を覆っていた手の平をどけて、何かを言おうとするヤマトの口を、
 今度は唇でふさいだ。
 答えさせない。答えさせるものか。
 唇のすきまから、ヤマトの声がもれる。
 その声は、形を成さない。
 暴れるヤマトの髪が、俺の鼻先をかすめて、
 俺の思考回路を断絶する。
 もう何も考えられない。
 本能のまま、ヤマトの首筋にかみついた。
 「いたっ・・・あ・・やっ」
 するりと手を服の中にすべらせて、胸の突起を弄る。
 俺の指先の動きに合わせてヤマトがのどを鳴らすのが楽しかった。
 それは感情的な楽しさではなく、本能的な楽しさであって。
 感情にまかせてというよりも本能にまかせて、
 一度にシャツを上までまくりあげ、
 即座にズボンとパンツも同時に下ろした。
 「太一っ・・・たいちぃっ・・」
 全身をあらわにされた、ヤマトが涙目で俺を見つめる。
 それでもなお深みを帯びた青の瞳、溶けるように白い肌、
 朝焼けを閉じ込めたような金の髪・・・
 俺にはもう、ヤマトしか見えない。
 ・・・いや、ヤマトすら見えているかわからない。

 「あぁ・あっ、あぁあ!はっ、あ・・アァ!」
 腰を使えばヤマトが動く。そこをひくつかせて。
 涙を流して。言葉にならない声をあげて。
 もう一度唇を重ねる。息もつけないように、何度も。
 甘い息がもれてしまわないように。
 この気持ちよさが、消えてしまわないように。
 「や・・・めろ・・・」
 力なくかすれた声にハッとして、ヤマトを見つめた。
 ヤマトの頬を、涙がつたっていた。
 「ダ・・メ・・・なんだよ・・。駄目なんだ・・・」
 「な・何がだよ・・・」
 「お前に・・っ、お前に抱かれちゃ駄目なんだ!!」
 ヤマトがやっと形作った言葉が、つららになって俺の胸をつらぬく。
 そのつららの冷たさに、心まで凍らされたのがわかった。
 「?!アッ、あああっ!!」
 何が「駄目なんだ」だよ。
 俺に抱かれちゃ駄目とかじゃなくて、
 要するに『土屋じゃなきゃ駄目』なんだろ??
 激しく抵抗するヤマトの腰をしっかり両手で押さえて、
 激しくヤマトの中を揺さぶった。
 ヤマトは動けない分、のどが枯れるほど声をあげる。
 何かが切られた。
 なにかが、音をたてて切れたんだ。
 「なァ、カラダだけの関係ならいいだろう?」
 喘ぐヤマトの耳元でささやいた。
 「え・・・アっ」
 ヤマトのそこを手でぎゅっと握り締めて。
 「お前だって、欲しがってないわけないんだからさ。」
 カラダだけ。ここにココロはない。
 いや、むしろ、
 俺の中にももうすでに、
 ココロなんてないかもしれない。
 「あ・・・あ・・・うぅっ、あっ、あ・あぁぁ!!」
 ヤマトがイったところで、俺もヤマトの中に放った。
 
 「じゃぁな。・・・また来るよ」
  一言だけ言い残して、俺はヤマトの家をあとにした。
 もうすぐ土屋が来て、二人の心が交わされるであろうこの場所を、
 早く去ってしまいたかった。








          
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